貴方に届くはいつの日か
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気がそれている理由その1のお話が下に。
剣を振り回せるお姫様主人公を書きたかったのです。はい。
政略的な結婚が好きなんだからしかたない。
父が隣国ラグナディアとの戦に勝ち、凱旋したのは一月前。
祝福の挨拶はとっくに済ませ、ようやくいつもの生活に戻り、ほっと息をついていたところだった。
そんな折、父からの呼び出しがあり、謁見の間に向かうことになった。
いつものように侍女一人と一緒に歩いていると、出仕している貴族たちから妙な視線を送られ内心首を傾げる。後ろを歩く侍女も異変を感じたのか小さく「姫様」と声をよこす。
そもそも謁見の間に呼び出されたということは、公式の重要な話があるということを意味している。しかし、どうやらあまりいいことではないなと予感を覚えつつ、王女としての顔を崩すことなく謁見の間に到着した。
入り口を守る兵士が敬礼をとり、侍従が中へと私が来たことを伝える。その声を聞きつつ中へ一歩踏み込むと、やはりいつもと様子が違う。
一斉に視線が集まるのはいつもの事だが、その集まった視線がおずおずと玉座の父へと移る。全ての人物の行動ではないにしても、非常に珍しい事である。
そんな妙な空気の中、いつもと同じように前へ進み膝を折る。
「アルト・グィネス、参じました」
「ご苦労。立つがよい」
いつもと同じように声がかけられ、いつもと同じように立ち、顔を上げ視線を合わせた瞬間だった。
「アルト。お前にラグナディア国の王子との婚姻が決まった」
「…申し訳ございません。今なんと?」
あまりに予想していない言葉をかけられ、確認のためにもう一度尋ねた。
「お前にラグナディア国の王子との婚い」
「陛下」
最後まで言わせずに父の言葉を切ると、周りの人間が息を呑む気配がした。
「一つ、質問してもよろしいですか?」
「う、む。なんだ」
表情は変えず、しかし僅かに言葉に詰まった父を見据え尋ねる。
「我が国は先の戦にて勝利したのですよね?」
「うむ」
「それなのになぜ、私が嫁ぐ必要があるのです」
敗戦国の姫が、勝戦国の王子へと嫁入りするのが通常だ。それなのに、なぜ、勝戦国の王女である私が、敗戦国へと嫁入りする必要があるのか。
父にぶつけたのは怒りよりも疑問だ。まあ、怒りが全く無いかと言われれば嘘になる。こういうことは事前に一言あってしかるべきだ。
「誰が嫁入りしろと言った」
「は?」
父はこほりと咳払いをしてからそう切り出した。
「お前はこのヴェグタディアから出る必要はない。お前が言うように我が国は先の戦にて勝利した。その戦利として王子を貰い受けることになったのだ」
そもそも、つい先だってあった戦は向こうから仕掛けてきたことで、こちらに非はないのだ。そこに政治的なものが何もなかったとは言えないが、仕掛けてきたのは確かに向こうで、近隣国で「闘将」と恐れられている我が父がその戦を勝利で納めた。
しかしだ、戦に参加していない私がいうのもなんではあるが、あまりに楽勝過ぎたきらいはある。向こうの中に裏切り者か内通者がいたことは明らかだ。その戦利として王の子がくるのだ。何かしらの意図があるに決まっている。
「…なるほど。それで、どんなイタイケな王子がいらっしゃるのです?」
通常人質として姫が来るところを王子がくるということは、こちらの都合の良い幼い王子ということになるだろう。そもそも、なぜ王子なのかと疑問はついて回るが、そこをまさか考えていないとは思えない。
「アルト。何やら悪意を感じる言い回しだな」
「気のせいです」
気づかれない程度のため息を落としたのに気がついたのだろう。父が片眉を器用に上げて言うのに無表情で返してやる。
そのやり取りを見ていた周りの貴族はどこか腫れ物でも扱うようにこっそりとしていたが、誰かがふっと笑った気配がした。
視線だけをそちらに動かすと、見慣れない服装の人物が一人口元を歪めて立っている。どうやらラグナディア国の使者か何かであるようだ。
「陛下。私からお話してもよろしいですか?」
私の視線に気がついたのか、上品に笑うと父に発言の許可を求める。
「そうだな。そなたからの説明が一番納得するであろう」
「ありがとう存じます」
使者は胸に手を当て感謝の礼を取りこちらに向き直る。
「初めてお目にかかります。私はヴォルフ・シェローと申します。姫の疑問にお答えしようと思いますが、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「我が国王には子が三人おります。しかし、その三人ともが王子なのです。側室はおりますが、それらに子はいません」
使者は一歩前に出てそう説明し始めた。
「通常ならば王女をこちらの皇太子殿下に嫁がせるところですが、物理的にそれは無理なのです。そこで…」
「独身の私にそちらの王子が嫁すことで話がまとまったと」
「はい」
使者の言葉を遮って続けた内容に、使者はひどく満足した様子で頷いた。
「それで、そちらから来るという王子は御幾つなのですか?」
「姫が幼気な王子のほうがよろしいとおっしゃるのでしたら、すぐにでも兄に報告し弟をこちらに寄越すよう話を通しますが」
上品に笑んでこちらを見つめる使者の言葉を、脳が理解し、その意味する所が浸透するまでにしばし時間が要った。
ぽかんと口を開けるような失態はしなかったが、驚きが表情に表れたのは間違いないだろう。こちらの顔を見て使者だと思っていた男がことさら上品に微笑んだ。
「つまり、貴方が私に嫁す夫だと?」
「はい」
見た目にどうみても年上だ。背が高く、ほっそりしている印象なのは、普段筋骨たくましい父や兄を見ているせいだろうか。もっとよく見てやろうと靴音も高く近づくと、面白そうな顔つきでこちらを見つめてきた。
手が届きそうで届かない位置で止まりじっと見上げる。身長は兄と同じくらい。濃い紫色の髪はどうやら後ろで束ねているようだ。瞳は黒っぽく見えるが、こちらももしかしたら濃い紫色なのかもしれない。どちらかというと男前で、どうみても「幼気」には当てはまらないほどしっかりと男性だ。
少し離れ、そのままコツコツと周りを歩いてみると、そのままじっと大人しく検分されてみせる。完全に無防備ということもないが、さほど緊張もしていない様子だ。私が何かしてくるとはさすがに思ってはいないだろう。
ゆっくりと彼の周りを回りながら右手の手袋を外す。
彼の左手に回ったところで近衛が一人、歩を進め、手に収めている剣の柄をひょいと目の前に差し出した。その柄を掴み一気に引き抜き、夫となる男の首元へと突きつけた。
「アルト様!」
「姫!」
その行動に気がついた貴族たちが一様に声を上げる中、その人は微動だにしなかった。
止めると分かっていたのか、殺されはしないという確信か。ただ、決して動けなかった訳ではないのはその瞳を見れば分かる。かち合った暗い色合いの瞳には動揺も驚愕も全く感じられない。
「ここで貴方を殺したら、そのイタイケな王子とやらは来るのかしら?」
ゆっくり、頚動脈に刃を当て、力を加える。
「ええ、速やかに私の代わりとしてやってきます。ご心配には及びません」
じっと、体はもちろん、視線も動かさずにそう告げる。
「アルト」
咎める声で剣を首元から離す。
「陛下もお聞きになりたかったのではありませんか?」
ざわざわと周りの貴族たちがざわめく中、申し分ない間で剣を差し出した近衛に近づく。彼はすぐに片膝をついて礼を取る。
「ありがとう、セシル。ごめんなさい」
刀身を支えるように水平にして返すと、恭しくそれを受け取った。
「いいえ。お役に立てて光栄です」
面を伏せて告げる声は真面目だが、剣を受け取るときに上げた目は面白そうに笑っていた。その表情に思わず一つ息を吐き出す。
手袋を取って合図したのは確かに私だが、それに応じた彼もまた共犯だ。だから、それを楽しんでいる彼を咎めるなど私にできるはずがない。
ざわつく貴族を尻目にそれぞれが始めと同じ位置につくと、またしんと静かになる。
「アルト・グィネス。この婚姻、承諾しました。式などの日取りが決まり次第お知らせ願います。それではこれで失礼いたします」
簡易的に立ったまま礼を取りそのままその場を立ち去る。後ろで貴族たちが何やらざわめく様子があったが、それも歩を進めることで消える。
「姫様、ご結婚なさるのですか」
「ええ」
廊下を歩く後ろで侍女が困惑気味に聞いてくるのに答える。
「いいのですか?」
「他にどうしろと?」
「そう、ですけど…」
これは王命なのだ。断ることは許されない。
「あの父が選んだ相手よ。見た目も悪くないし、頭もいい。ただ…」
「ただ?」
「…結婚は形だけでいいはずだもの。誰が相手でも同じよ」
この結婚は政略といってもいいはずだ。好きになる必要はないし、関わる必要もない。あの人はおそらく、向こう側の手札なのだから。
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