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貴方に届くはいつの日か
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気がそれている理由その2のお話が下に。
宰相と侍女の攻防戦。
R15が妥当なのかな?
このくらいどうってことない気もしなくも無いが。一応。


 この国の宰相の悪所通いは有名だ。
 賢帝の懐刀は宝刀ならぬ放蕩らしいと他国にまで知られているほどなのだ。
 しかし、その宰相は悪所通いをするだけあって、裏の世界にも名が売れているという。そのため、彼の知らない情報はないと噂されるほどである。
 噂が真実か否かは誰も知るところにないが、一つだけ確かなことは、放蕩と呼ばれる懐刀は間違いなく宝刀でもあるということだ。


 その人はとても凛々しく、まさに男の鏡なのだと花街の男たちは言う。
 高い身分にいるにも関わらず、驕らず、責任感が強く、そして気さくらしい。
「話だけ聞いているとどこかの郎党の親分だな」
 そう言ったのは賢帝の側近だったか。
「私にはただの放蕩息子にしか見えないのですけど」
 目の前にあるその光景に一つ息を落として呟いた。
 高級を冠する娼館の最上の部屋へ踏み込んだのはこれが何度目になろうか。そして、やってくるたびこの光景。娼館なのだから、当然といえば当然の光景なのだろうが。
「あら、トルスティ様。侍女殿がお迎えですよ?」
「グランデュカート家の侍女殿にしては少々地味ですわ」
「ただの使用人なのではなくて?」
「いつもながら野暮ったい服装をなさってらっしゃるのね」
 一人の男を中心に左右二人ずつの美女がコロコロと声を転がす。やってきたお迎えを酒菜にまとわりついて侍女と呼ばれる女を評価する。
 グランデュカート家といえば、この国の宰相の家である。男はその家の当主で、つまるところこの国の宰相だ。濃い金髪は毛先にいくほど黒くなり、瞳も渋い金の色。高貴な色を持った人物は宰相という肩書きにも関わらず、随分と骨太な印象を与える。
 対して侍女と呼ばれた女は、長く緩やかなカーブを描く飴色の髪に、呆れ気味に向ける瞳は穏やかな空の色。緑色の縁の眼鏡をかけ、野暮ったいと評された服装は徹底的に露出をさけたものだ。普通の侍女としての服装よりもさらに露出が無く、娼館であるこの空間ではその服装の女はかなり異質の存在である。
「我が国の宰相様をお返し願えませんか?」
「あら、どうしましょう」
「どうしましょうか?」
「トルスティン様は借り物ではありませんわ」
「お帰りになりたければご自分でお帰りになりましょう」
 とりあえず、彼女たちに言葉をかけるが、クスクスと笑うだけで取り合ってはもらえない。
「リーナ。お前も混ざるか?」
 ようやく話かけてきた宰相に侍る女たちは、いつもの美女が二人と新顔が二人。男が深くふんぞり返るソファーの肘掛に二人、足元に二人。それぞれ趣の異なった美女ばかりだ。その彼女たちは宰相の言葉に反応する。
「あら、私たちだけでは不足ですか?」
「あんな地味な女がよろしいの?」
 非難の声が上がるのを笑いながら「お前たちは十分可愛いぞ」と彼女たちを撫で、侍女に視線をやる。その視線を受けて少しだけむっとするとリーナは少し強い口調で告げた。
「カレヴィ様のご命令です。お屋敷にお戻りください」
「ふん。カレヴィが出てきたか。元帥殿は元気だったか?」
 面白くなさそうに笑い、それから嘲笑うように尋ねる。彼の名前が出たことで気分を害した様子だ。
「トルスティ様。元帥殿のご命令ではお戻りになったほうがよろしいのでは?」
 いつもの金髪美女が宰相の頬をするりと撫でて魅力的に微笑む。それを受けた宰相は肘掛に座る彼女の腰に腕を絡ませ、見上げるように視線を流す。すると彼女もそれに答え唇を寄せる。その際に呼びに来たリーナに視線を投げてクスリと笑った。
「トルスティ様。シャルばかりずるいですわ」
「あん。私にもしてください」
 次々に口付けを乞われ、宰相はリーナのことなど最早眼中にないようだった。
「宰相様」
 そう声をかけても今度は誰も彼に彼女の言葉を聞くようにと促す者はいなかった。
 目の前で美女四人に群がられ、ご満悦で彼女たちを撫で回し可愛らしい声を上げさせて満足している様子はさながら魔王のようだ。これは宰相の側近の一人が嘆いた言葉だ。
 リーナが来るまでにも、確か八人の使用人から執事までが彼を迎えに来ている。しかし宰相はそのどれにも応じず、娼館に立てこもった。どうにもできずに帰ってくる使いたちの嘆きに、宰相を呼び戻すようにと最終命令が下ったのがリーナだった。
「トルスティ様。いい加減になさいませんと怒りますよ」
 リーナがそう眉を寄せて告げても宰相はちらりと視線を投げただけだ。
「侍女殿では無理ですわ。あの執事殿でも駄目だったのですよ?」
「そうそう。トルスティ様はお渡ししませんわ」
「私共に飽きるまでお待ちなさいな」
「力ずくでもよろしくてよ」
 四人の美女が口々に囀るのを宰相も笑って聞いていたが最後の提案に乗っかった。
「力ずくか。それもいいな」
「まあ、トルスティ様ったら。それはあまりにもお可哀想だわ」
 金髪美女が少し困った様子で首をかしげると、そこに指を這わせながら答える。
「そうか。ではここから立ち上がらせるくらいならどうだ?」
「そのような事は私たちがさせません」
「そうですわ」
「一対五で私たちの勝ちですわ」
 クスクスと上品に騒がしく笑う彼女たちにリーナは一つ息を吐き出した。
「しかたありませんね」
 呟いた言葉に宰相が視線をやると、彼女は真っ直ぐに視線を投げた。
「トルスティ様。その言葉に嘘はございませんね?」
「本気?」
「まあ、怖い」
 美女たちが言うのを無視してリーナは宰相の言葉を待つ。
「いいだろう。それができたら屋敷に戻る」
「できるわけありませんわ」
「そうですわ」
 リーナにそれをさせまいと彼女たちは宰相になおべったりと張り付く。柔らかな体に覆われて宰相はにんまりと笑って美女たちを撫でる。
「シャルド様が嘆かれるのも分かるわ」
 ここは娼館なのだ。美女たちは当然扇情的な服装で、宰相も随分と寛いだ姿である。その様子はまさに魔王とそれを囲む淫魔たちである。
 リーナはソファーの空いているオットマンを引っ張り、だいぶ離して宰相の正面の位置で腰を落とす。
「何をするの?」
「話し合いなら執事殿が…」
 首をかしげる美女たちのことなど無視して、眼鏡を外し、きっちりと留まっていたジャケットのボタンを外す。
 その様子を見た娼妓たちは少し静かになってリーナの動向を見守る。リーナが中に着ているシャツのボタンも外し始めた頃に、新顔の美女たちは少し呆気に取られたようだ。
「まさか、色仕掛け?」
「侍女殿がしたところで」
 少し困惑しつつも嘲るように発言したことを次の瞬間には後悔した。
 ゆるくまとめていた髪を解き、少し肌蹴た服装の侍女は、美女たちも驚くほどの艶やかさを持っていた。
 胸の下までボタンを外しているが、すぐに白い素肌が見えるわけではない。しかし、リーナが動くたびに合間から見え隠れする白い素肌は胸騒ぎを覚えるのには十分だ。
 それを分かっているのか、リーナは耳の下に手を入れて髪を後ろへやり、シャツの襟に沿って指を這わせる。襟先まで到達すると肩を寄せて微笑み、指をゆっくりと唇へと乗せる。紅など刷いていない唇は魅惑的な桃色で実に柔らかそうだ。その合間から舌先が指先を誘い、指はその中へと惹かれるように埋まるように入っていく。
 娼館の美女たちもその様子をただ呆然と目で追った。
 音を立てて放された指先は、今度は白い肌を見え隠れさえる合わせへと移動する。見えている指先がこっそりとその合わせ目へと進入する様は妙に艶めかしく、白い素肌を冒す背徳を煽る。少しだけ見える盛り上がった肌へ指が触れリーナがクスリと笑う。
 その笑みにさしもの美女たちは魅入られたことを恥て眉を寄せる。
「あの程度に惑ってはいけません」
「そうですわ。あのくらい私たちでもしますもの」
 新顔二人がふんとばかりに息巻くと、リーナは片手を付いて横に体重を乗せた体勢から、今度は後ろに少し仰け反りスカートをゆっくり手繰っていく。ブーツが見え、膝がわずかに覗いたところで足が左右に分かれる。それほど大胆に開いているわけではないが、ゆっくりと持ち上がっていくスカートに隠れた足が、いつ現れるのかと心臓を高鳴らせる。
 持ち上がるスカートの裾に白い肌がわずかに見えたその瞬間、突然足が閉じられ、見ればリーナは恥ずかしそうに両手で自身の体を抱き寄せていた。
「………」
 今にも泣き出しそうに潤んだ瞳に、廉恥を表す頬の赤さ。助けを求めるようにわずかに開いた唇に熱い吐息を乗せて囁いた。
「セリム」
 その瞬間に突然宰相が立ち上がった。
 意気込んでいた美女たちが呆然としている間に宰相はリーナの前に立っていた。
「リーナ」
 名を呼んで頬に手を沿えそのまま腰を屈めていけば、震える唇まではすぐだ。
「私の勝ちですね」
「あ?」
 誘われるように近づいた宰相の目の前にいたのはしたり顔で微笑むリーナだった。
「宰相様は戴いて参りますね」
 後ろにいる美女四人にそう声をかけると、さっさと立ち上がり服を調えた。その様子を宰相は床に座り込んで見つめていたが、リーナがにっこりと微笑むと盛大に溜息を吐き出した。
「リーナ。生殺しだ。責任は最後まで取れ」
「そんなことまで約束した覚えはございません。さあ、帰ります…!」
 リーナが差し伸べた手を宰相はぐいと引っ張り床に座らせる。しばらくそのまま睨み合いが続いたが、今度はリーナが息を吐き出した。
「キスだけですよ。それ以上は規則に反します」
「分かってる。おいで」
 宰相に促されリーナは膝立ちで近づき、そっと黒へと変わる金髪へ手を伸ばした。ゆっくりと梳いて頬を撫で肩で止まる。受け入れる宰相もジャケットの中のに手を入れ背中をたどり、首筋をなぞる。
 その間お互いを見つめあい、ゆっくりと唇を重ねる。
 それはまるで恋人たちのようであり、その場にいた美女四人はうっとりと、少しの嫉妬を含めて見とれた。
 長く角度を変えて続いた口づけがようやく離れると、宰相が白い首筋へと唇を寄せる。
「ダメです」
「リーナ」
「もう迎えに来ませんよ」
 その一言に宰相はじとりと睨んだが、不意にその場に吸い付いた。
「…っ」
 息を震わせて声を呑んだリーナに満足した様子でにやりと笑う。
「よし。帰るぞ」
「もう…」
 リーナを抱いたまま立ち上がった宰相はそのまま部屋を立ち去ろうとするが、リーナは後ろに見える美女たちに「ごめんなさい」と苦笑を向けた。
 宰相の姿が完全に消えると金髪美女がクスっと笑った。
「相変わらずね」
「まだ健在なのね。リーナ大丈夫かしら」
 先輩たちの台詞に新顔の二人が赤い顔をしてお互いを見やる。お互いにあるのは怒りや妬みではなく、純粋にあの侍女の扇情的な姿に飲み込まれた複雑な顔をしていた。
「あの人はなんなんですか?」
「本当に侍女なのですか?」
 同業者だといわれても頷けるほど男を虜にするすべを心得ている動きに、後輩たちは困惑を先輩たちに向ける。
「貴方たちは知らないのね」
「リーナはこのロセウスの元看板よ」
「看板!?」
「それが、どうして宰相様の侍女なんかに?」
 二人の反応に先輩二人はコロコロと笑い説明はしてくれなかった。


 まだ日の浅い二人に知らなかったようだが、あの二人の馴初めはこの花街では知らない者はいないと言われるほど有名な話である。

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